社内対立を克服しV字回復を遂げた建築資材メーカーA社
「人が人らしく生き、働ける職場環境をつくる」ことを通じて、会社の利益のV字回復を実現できた事例です。
SITUATION ご依頼時の状況
A社は建築資材を製造する、創業から半世紀を超す老舗企業です。伝統的な製法を活かし、高級住宅などを中心に安定したシェアを確保していました。
ところが戸建住宅の減少とともに2000年ごろから業績は下降し始め、回復の糸口を掴めぬまま十年あまりが経過、さらに軌を一にして営業部門と製造部門の対立が激しくなってきました。販売不振は高い販売価格に起因すると、製造原価のコストダウンを求める営業部門。それに対して製造部門は、ほぼ寡占市場にあって品質の高い製品を作っているのに売れないのは、営業の努力が足りないのではないかと不満を募らせていたのです。そうした状況を背景に当社に寄せられた依頼は、業績を上げることに加えて、部門・従業員同士の間で問題や争いが起きないような組織に変革する手伝いをしてほしい、というものでした。
SOLUTION サポートの流れ
●何よりも重視したのはコミュニケーション
働きやすい職場とはどのようなものでしょうか。答えはいろいろあるかと思いますが、私が考える「働きやすさ」とは、従業員同士の争いがなく、人間関係が円滑な職場だということです。不必要な悩みや不満を抱えることなく働ける職場であれば、ビジネスで起こってくる問題も、職場が吸収し解決できるはずです。
ところが経営者や首脳陣が、自分たちの都合で運営したり、私利私欲に走ったりすると、従業員も途端に自分中心の考え方になり、争いが増えるようになります。経営者や首脳陣の考え方・行動がそのまま職場に反映されるためです。ですから経営者には、「働きやすい職場環境をつくる」ということを最優先課題として考えてほしいと思っています。効率を上げ、生産性を高め、利益を上げていくことは、働きやすい職場があってのことなのです。
私がコンサルティングを始めるにあたって重視したのは、現場の従業員とコミュニケーションを取ることを通して、真の問題点をあぶり出すことでした。「話を聞かせてください」と外部の人間として振る舞うのではなく、文字通り「同じ釜の飯を食」いながら、仕事内容について、職場について、自分が担当していないほかの部署について、経営者や首脳陣について、心からの思いが聞きたいと思いました。そこでいろいろ考えた私は、製造現場の中途社員として働かせてもらえないだろうか、と社長にお願いしました。新入社員として働くことで、現場の問題を肌で感じることができるはず。そういう人間には、外部のコンサルタントには決して打ち明けることのできない本音を聞かせてくれるのではないか、と考えたのです。
●現場の一員として働く
社長の了承を得た私は、翌週から半年間現場で働くことになりました。一緒に作業をすることで、その会社が何の材料を使って、どのようなプロセスで製造しているかを逐一知ることができます。私自身も初めての仕事でしたので、リーダーや先輩たちに教えられ、手ほどきされながら仕事を覚えていきました。作業をしていれば、現場にはどんなルールが必要で、何を自主性にまかせるべきかが見えてきます。コンサルタントとして職場環境を整え全体の効率や品質を上げるためには、何をしていくべきなのか?私は働きながら改善方針を立てていきました。
また、作業を通じてその製品にはどんないい部分・悪い部分があるのか、見本を見ているだけでは決して分からないところまで把握できるようになりました。製品の強み・弱みを知ることで、営業の方針が立ってくるのです。このようなことは、1ヵ月程度の現場研修では決して知りえないことでした。半年間現場で仕事をして、私は製造原価のコストダウンは難しいという結論にいたりました。また「現場は現場」という意識が強く、営業のことなど知らない、顧客のニーズも分からない、会社として何をすべきなのかも聞いていない、という意識が見られることも大きな課題でした。
以上のことを踏まえ、私は営業部門に対しては
①「価格で売れない」をやめさせる
②製品を買うことで、住環境がどのように変わるかという提案にシフトする
③住宅から非住宅へ売り先を変更する
製造現場に対しては
①「聞いてない」「知らない」「分からない」を現場からなくす
②現場も「当事者意識」を持つ
という方針を立てました。
経営陣に対しては、組織運営に欠かせない「ヒト・モノ・カネ」に即して、
ヒト:人のせいにしない企業文化の育成
モノ:「売れない」ではなく「売り先を変える」
カネ:コスト会議で価格を下げることが本当に必要かどうかを徹底して話し合う
以上の3つを柱に改善をしていきましょう、と訴えたのです。
●現場でしか分からない苦労、現場には分からない苦労
現場でただ1人私の「正体」を知っている現場主任とは、仕事を終えてからもコミュニケーションを重ねていきました。そこで粘り強く「営業に納得させるのが現場主任の仕事ですよ」と伝えたのです。矢面に立たされる現場担当は、確かに風当たりも強く、厳しいポジションです。けれどもそんなときは上司の力を借りて、組織を動かしましょう、と。
また「失敗してもそれを補ってくれる人がいたとしたら、何がやりたいですか?」と現場主任の率直な思いも聞いてみました。そして主任の希望を経営陣に訴え、それを実現させることで、確かな信頼関係を築くことができました。
それと同時に私の方からは、現場が知らない経理の内情も率直に伝えました。働きやすい職場というのは、自分が所属する部署だけで完結するものではありません。会社全体の理解を深めることを通して、現場も営業も管理職もひとつの組織なのだということを、単に頭で理解するのではなく、腹に落としてほしかったのです。「現場はいいものを作るから、あとは営業が売ってくれ」という態度ではなく、どうしたらもっと売りやすい製品になるだろう、という視点が必要です。私は外部の視点を現場に持ち込み、部署間を繋ぐことによって、コミュニケーションを深めていきました。
現場主任の態度や考え方が変わったことで、それが現場全体にも伝播していきました。また、経営陣も私の提言を汲んで、いくつかの面で実際に改善を実施してくれたおかげで、現場従業員の会社に対する信頼度が大きく変わっていきました。
●改革には抵抗がつきもの
現場改革の次は、新しい売り先の開拓に着手しました。当たり前のことですが、会社として利益を生むためには、いい製品を作るだけでなく売ることが不可欠です。そのため営業部門は、いい意味でも悪い意味でも「会社の利益は自分たちが作り出している」という自負を持っていました。いい意味というのは、これまでの実績と経験を蓄積しており、営業のノウハウを持っているということです。しかしそのことは同時に、自分たちのやり方をよしとして、よそからの批判は受け付けない、という悪い面を意味します。実際に私は激しい抵抗に直面しました。
人口が増え続け景気もよければ、いいものさえ作っていればいくらでも売れます。しかし少子高齢化に直面し、景気も低迷する現状では、従来と同じ販売方法を取っていれば行き詰まるのは当然です。そこで私は「価格で勝負しない売り方」にシフトすることを提案しました。そのために販売会議では、製品が作られる現場をもっとよく知ってもらい、自社製品を数字で捉えるのではなく、それを組み込んだ住居全体として考えることに重点を置きました。従来は価格を除けば「丈夫で長持ち」ぐらいしかなかった訴求ポイントを、「この製品を取り入れることで住環境がどのように変わるか」にシナリオも作り替え、粘り強く話し合いを重ねていったのです。
一方、私は非住宅の市場がどうなっているか調査を行っていました。とりわけ重視したのは、地域の寺院や歴史的建造物です。しかしこの点に関しては、自分たちには非住宅の経験はない、寺院などは専門の業者がいる、この領域に進出するなどもってのほか…という激しい批判を浴びたのです。そこで私は、市役所の地域産業課とコンタクトを取り、地域や近隣一帯の状況を聞きました。特に決まってはいないことが分かったので、まずそこから売り込みを開始しました。そして「できるはずがない」と思ってそもそも市場として考えたことのなかった領域に、進出することが可能になったのです。このことはA社の業績のV字回復を、大きく牽引するものとなりました。
●泥臭いやり方で
コンサルタントというと多くの方が思い浮かべるのは、現場を視察し、経理などの数字から財務状況を洗い出し、改善点を挙げ従業員の指導などを行っていく、という姿ではないでしょうか。それで会社の業績が回復し問題が解決するのであれば、コンサルタントを雇う意義は十分あると思います。しかし、実際に私が入った企業の中には、すでにそうしたコンサルタントが入り、結果が出ないまま投げ出した状態になっているところがいくつかあり、A社もその一つでした。
営業も会社も信用していない現場従業員が、外部からやってきたコンサルタントに、現場の問題点を打ち明けることができるでしょうか?私は外から数字を見て判断するのではなく、中に入り共に働くことを通して、そこで起こっていることを自分自身体感したうえで、解決策を考え行動するやり方を取っています。
A社の場合は経営者の方が私の希望を聞いて、中途社員として現場に受け入れてくれました。また改革に協力してくれた現場主任など、多くの方のお世話になったことはいうまでもありません。しかしこの事例は、私が理念の第一として考える「人が人らしく生き、働ける職場環境をつくる」ことを通じて、会社の利益もV字回復させることができた、大きな成果だったと考えています。